Thinking on paper
先生は、ある日、紙とえんぴつだけで3時間、考えごとをしました。パソコンも使わず、AIにも聞かず。すると、頭の中がどんどん整理されていきました。「なんでだろう」と思った先生は、AI(コンピュータの相談相手)にたのんで、世界中の研究を100本以上調べてもらいました。先生が自分で全部を読んだのではありません。AIがまとめたことを、先生が読んで、みんなに話します。
読むのにかかる時間は、15分くらいです。

この読み物のいちばん大事なこと
頭の中の机は せまい
紙は そこから下ろす場所
01

まず、頭の中のことから話します。
人が「今、考えていること」を置いておく場所を、心理学ではワーキングメモリと言います。むずかしい名前なので、この読み物では「頭の中の机」と呼びます。
この机、どれくらいの広さだと思いますか。
研究で分かった答えは、4つくらいです。多くても5つ。少ないと3つ。同時にのせておけるのは、それだけです(カウワンという研究者が、2001年にたくさんの実験を調べて出した数です)。
算数の文章題を思い出してください。「問題の数字」「聞かれていること」「さっき出した答え」「次にやる計算」。これで、もう4つです。そこに「消しゴムどこいった」が入ると、どれかが机から落ちます。落ちたものは、消えます。
先生が紙で3時間考えたとき、何をしていたか。思いついたことを、メモ用紙に1まい1つずつ書いて、机の上にならべていました。すると、頭の中の机には「今書いている1まい」だけがのっていればよくなります。ほかは、本物の机の上にある。いつでも見ればいい。
紙は、頭の中の机を広くする道具ではありません。机から、下ろす場所です。
02

次は、字の話です。
みんなは字を読むとき、目で見ていますね。でも、脳の中では目だけが働いているのではありません。
フランスの研究者ロンカンさんたちは、2003年にこんな実験をしました。人に字を「見せるだけ」で、脳のどこが働くかを調べたのです。すると、字を書くときに使う「手を動かす場所」が、見ているだけなのに働いていました。書いたことのない、でたらめの記号を見せたときは、働きません。
つまり、みんなが字を覚えるとき、脳は「字の形」だけでなく、「その字を書くときの手の動き」もいっしょに覚えているのです。
もうひとつ。同じロンカンさんたちは、小さい子どもたちに、字を「手で書いて」練習する組と、「キーボードで打って」練習する組に分かれてもらいました。3週間あとに調べると、手で書いた組のほうが、字をよく見分けられました。ジェームズさんたちの2012年の研究では、なぞり書きではなく「自分で書いた」ときだけ、読むときに使う脳の場所が動き出していました。
ただし、正直に言うと、これは「字の形を覚えるとき」の話です。「手で書けば、何でも頭がよくなる」という研究はありません。そこは、はっきり分けておきます。
03
ここが、いちばんおもしろいところです。
テトリスというゲームを知っていますか。落ちてくるブロックを回して、すきまにはめるゲームです。カーシュさんとマグリオさんという研究者が、1994年に、テトリスの上手な人を観察しました。すると、上手な人ほど、ブロックを必要以上にくるくる回していたのです。
なぜでしょう。頭の中で「回したらどうなるか」を想像するより、実際に回して見たほうが、速くて正確だからです。
紙に書くのも、これと同じです。頭の中で考えを回すより、紙に書いて、目で見て、ならべかえるほうが速い。
もうひとつ、建物を設計する人たちの研究があります。諏訪さんとトヴァスキーさんが1997年に調べました。上手な設計者は、自分で描いた下書きを見て、「描いたときには気づいていなかったこと」を発見していました。自分が描いた絵が、自分に新しいことを教えてくれる。研究者はこれを「紙からの返事」と呼んでいます。
先生がメモ用紙を使っていたのには、わけがあります。1まいに1つ書くと、ならべかえられるからです。ノートの1ページに上から順に書くと、ならべかえられません。紙が返事をしてくるには、動かせる形にしておくことが大事なのです。
もうひとつ、大事な研究があります。グラハムさんたちが2020年に、小学1年生から高校3年生までの56の実験をまとめました。理科でも社会でも算数でも、「習ったことを自分の言葉で書く」ことをした子は、書かなかった子より、よく分かるようになっていました。黒板を写すだけではなく、自分の言葉で書くことが、効くのです。
04

「前に習ったことと、今日習ったことがつながった」という気持ちになったことはありますか。あれは、どんなときに起こるのでしょう。研究で分かっている答えが、3つあります。
1 2つをならべて「同じところ」を自分で書く
ギックさんとホリオークさんが1983年にした実験です。ある問題のとき方を、お話で1つ読ませても、別の似た問題は3人に1人しかとけません。ところが、似たお話を2つ読んで、「2つの同じところ」を自分の言葉で書いた人たちは、多くの人がとけるようになりました。2つ読むだけでは足りません。同じところを、自分で書き出すことが大事でした。
2 思い出そうとする
レディガーさんとカーピキさんの2006年の実験です。文章を「もう一回読む」組と、「見ないで思い出してみる」組に分かれました。5分後のテストでは、もう一回読んだ組のほうがよくできました。でも1週間後のテストでは、思い出した組のほうが、はっきりよくできました。おもしろいことに、みんな「もう一回読んだほうが覚えた気がする」と思っていたのに、です。
3 「がんばっている感じ」は、悪い合図ではない
先生が3時間考えたとき、「脳が汗をかいている」ような感じがしました。つかれる。でも、いやではない。この感じを、ビョークさんという研究者は「のぞましい大変さ」と呼びました。学んでいるとちゅうで「むずかしい」「つかれる」と感じるのは、頭の中で知っていることどうしがつながっている、そのとちゅうの合図であることが多いのです。
ただし、大事な条件があります。「がんばればできる」くらいの大変さでなければいけません。まったく手が出ない問題は、のぞましい大変さではありません。そういうときは、「わからない」と言って、ヒントをもらうのが正解です。
おまけ 通知は、見なくても頭にひびく
ストサートさんたちが2015年に、こんな実験をしました。集中する課題をしている人のスマートフォンに、こっそり通知を送ったのです。その人は、スマートフォンをさわっていません。それなのに、通知が来ただけで、課題の成績が下がりました。その下がり方は、実際にスマートフォンを使ったときと同じくらいでした。
紙の上には、通知は来ません。先生が紙で考えていて「とぎれなかった」のは、これが理由のひとつです。タブレットで学ぶときは、通知を切っておく。それだけで、頭の中の机がひとつ空きます。
05

ここまで読むと、「紙のほうがいい」と思うかもしれません。でも、研究の答えは、そんなに単純ではありません。
読むことについて。世界中の研究をまとめると、紙で読んだほうが、画面で読むより、少しだけよく分かる、という結果です。ただし、その差は小さいです。物語では差がありません。説明文で差が出ます。
なぜ差が出るのか。アッカーマンさんたちが2011年に調べました。画面で読むと、人は「もう分かった」と思って、早く読むのをやめてしまうのです。読む時間を同じにすると、紙と画面の差は消えました。つまり、画面が悪いのではなく、画面だと「分かったつもり」になりやすい、ということです。
書くことについて。「手で書いたほうが、タイピングより覚える」という有名な研究がありました。でも、あとから別の研究者が同じ実験をやり直したら、差は出ませんでした。今の研究では、手書きかタイピングかより、「自分の言葉で書いたか、そのまま写しただけか」のほうが大事だと分かっています。
AIについて。トルコの高校で、1000人くらいで実験がありました(バスタニさんたち、2025年)。数学の練習で、AIに答えを聞ける組は、練習のときはよくできました。ところが、AIなしのテストになると、AIを使わなかった組より点が下がりました。おもしろいのは、「答えは言わずにヒントだけ出すAI」を使った組は、下がらなかったことです。
06
最後に、みんなに、いちばん伝えたいことです。
ノートを書くのが、しんどいと感じたことはありませんか。先生の話を聞きながら書こうとすると、話が分からなくなる。書いていたら、黒板が消された。そういうこと、ありますよね。
それは、あなたがなまけているからではありません。
河野さんたちが2008年に、石川県の小学生5000人以上を調べました。1分間に、字を何文字写せるか。答えは、1年生で13文字くらい、4年生で25文字くらい、6年生で32文字くらいでした。先生が1分間に話す言葉は、その何倍もあります。「聞きながら全部書く」のは、もともと無理な注文なのです。
もうひとつ。ブルダンさんとファヨルさんの1994年の実験です。言葉をいくつか聞いて、「口で言って」思い出す組と、「書いて」思い出す組に分かれました。大人は、どちらでも同じでした。でも、子どもは、書くと、口で言うより思い出せる数が減りました。子どもにとって、字を書くことは、まだ「頭の中の机」を使う仕事だからです。書いているあいだ、机がいっぱいになって、聞いた言葉が落ちてしまう。
だから、先生は、みんなに「全部書きなさい」とは言いません。そのかわり、「ここは書く」と言葉で言います。藤木さんたちが2022年に調べたら、先生が色をつけて強調したところを、4年生はその半分くらいしか写せていませんでした。「色がついている=大事」は、言われないと分からないものなのです。
きょうから、ためしてみてほしいこと
この読み物のいちばん大事なことを、もう一度書きます。
頭の中の机は、せまい。紙は、そこから下ろす場所。
それを知っているだけで、勉強のしかたが少し変わります。先生も、そうでした。