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しんどさの正体
── テストで手が止まる子を、4つの部屋で見る

テストの問題の、どこを見たらいいか分からない。書き方がわからない。指示が入らない。話し合いに入れない。 ──その子は、さぼっていない。「どこで詰まっているのか」を場所で見ると、明日の声かけが変わります。 現場の担任が、研究の根拠を引きながら書いた長めの読み物です。

支援カードの読み物|担任の先生向け|© School Stock

テストの時間。教室を回っていると、手が止まっている子がいます。 問題用紙をじっと見ている。でも、鉛筆は動かない。声をかけると「どこを見たらいいか、分からん」と言う。 あるいは、設問の意味は分かっているのに「書き方が、わからん」と言う。その子は、さぼっていません。やる気がないのでもありません。 情報の通り道の、どこかで詰まっているのです。

まず数字をひとつ。文部科学省の2022年の調査では、通常の学級に在籍する子どものうち、 学習面または行動面で著しい困難を示すとされた割合は小・中学校で8.8%、小学校では10.4%でした (担任等の回答による推定値で、発達障害のある子どもの割合を示すものではありません)。 35人学級なら、3〜4人。「しんどい子がめっちゃいる」というあの実感は、思いすごしではなく、統計と重なっています。 そしてこの数字は診断の有無とは関係ありません。診断がなくても、しんどさは教室に実在する。 だから、担任である私たちが「見る枠組み」を持っておく必要があるのです。

0「どこで詰まっているか」を、場所で見る

4つの部屋 ── input・記憶の保持・output・コミュニケーション

人が学ぶとき、情報はおおまかに次の道を通ります。 ①目や耳から入る(input)→ ②頭の中に保っておく(記憶の保持)→ ③口や手から出す(output)。 そしてこの3つの道すべてに関わる土台として、④人とのやりとり(コミュニケーション)がある。 認知心理学の情報処理モデルを、教室で使える形にならすと、この4つの「部屋」になります。

この枠組みのいちばんの値打ちは、支援の技が増えることではありません。見方が変わることです。 「やる気がない」「集中力がない」「何度言っても聞かない」──性格や努力の問題に見えていたものが、 「inputの部屋で詰まっている」「保持の部屋から消えている」と場所の問題に置き換わる。 場所の問題なら、責める理由がなくなり、打つ手が生まれます。 以下、部屋を1つずつ歩きます。それぞれ、⑴教室でどう見えるか ⑵何が起きているのか(研究から) ⑶担任に打てる手、の順です。

「なんでできないの」から、「どこで詰まってるんだろう」へ。── 見方が変われば、声かけが変わる

1input ── 目と耳から、入ってこない

文字・イラスト・写真/人の話・音

教室でどう見えるか

「テストのどこを見たらいいか分からない」は、まずこの部屋を疑います。 問題用紙は、大人が思うよりずっと情報の密度が高い。大問番号、設問、選択肢、資料、行間の詰まった本文。 視線をどこに置き、どの順で読むかという「見る技術」は、教えられなければ身につかないのに、 私たちはそれを教えずに「よく読みなさい」と言ってしまいがちです。 耳も同じです。「教科書23ページを開いて、3番の問題を読んで、ノートに考えを書きます」── この一文には指示が3つ入っています。聞き取れなかったのではなく、全部を受け取る前に、あふれたのです。

何が起きているのか

認知負荷理論(Sweller)が示すとおり、人が一度に処理できる情報の量は、驚くほど少ない。 ごちゃついた紙面や口頭の重ね指示は、課題そのものの難しさとは別のところで、頭の働きを奪っていきます。 通常学級のユニバーサルデザイン(UD)で繰り返し言われる「視覚化・焦点化・共有化」のうち、 「焦点化」──刺激を減らし、いま見るべき1点に絞る──は、まさにこの部屋の支援です。

もう一段深く見るなら、認知処理様式という軸があります。 K-ABCやPASS理論でいう継次処理と同時処理──情報をひとつずつ順番に積み上げるのが得意な子と、 全体をまとめて関係で捉えるのが得意な子がいる。順序立てた言葉の説明がすっと入る子と、 先に図や全体像を見せた方が入る子の違いは、努力の差ではなく処理様式の差です。 藤田和弘らの長所活用型指導が積み上げてきたとおり、弱い処理を鍛え直すのではなく、 強い処理の側から情報を入れるのが定石。担任にできるいちばん小さな実装は、 大事な説明をいつも「順序で言う」と「図で見せる」の両方の形で出しておくことです。 ちなみにテストの紙面は、全体の中から必要な部分を抜き出す──同時処理の要求が高い課題だと見ることができます。 継次処理優位の子が紙面で迷子になるのは、理屈に合っているのです。

研究の根拠:学習障害(LD)のある子への読解指導のメタ分析では、 「だれが・なにを・どうした?」と自分に問いながら読む自己質問や、文章の型を知って読む文章構造の指導など、 認知方略の指導に大きな効果(効果量はおよそ1前後)が確認されています(Gajria らのメタ分析)。 ただしカードやプリントを渡すだけでは効きません。教師がやって見せる→一緒にやる→独りでやる、の順で移すことが効果の条件です。

担任に打てる手

⑴ 指示は1つずつ、動詞で切る。「開く→読む→書く」を一気に言わず、1つ済んでから次を言う。 黒板の隅に番号つきで書き残せば、聞き逃した子が自力で戻れます(これは次の「保持」の部屋の支援にもなります)。
⑵ 「問いを○で囲む」を全員の作法にする。設問文の「なにを・どう答えるか」の部分を○で囲み、使う言葉や数に線を引く。 テストの前に、教師が実物投影機で1問ぶんやって見せる。
⑶ 見る場所を先に教える。市販テストや学力調査には決まった「型」があります。 大問の並び、設問の言い回し、解答欄の形式。型を事前に一度体験させておくだけで、紙面で迷子になる子は目に見えて減ります。

▸ 支援カード「じぶんに きく」「わけは 本文」を見る

2記憶の保持 ── 入ったのに、消える

短期記憶・ワーキングメモリ(WM)の低さ

教室でどう見えるか

「さっき言ったでしょう」と言いたくなる場面で、この部屋を疑います。 指示を聞いた直後は分かっている。席に戻る数歩のあいだに、消える。 計算の途中でくり上がりを忘れる。作文で、書こうと思った文を書いている途中に忘れる。 大事なのは、これが「聞いていない」のでも「忘れっぽい性格」なのでもないことです。 頭の中の作業机(ワーキングメモリ)が小さくて、載せた物が押し出されているのです。

何が起きているのか

ワーキングメモリ研究の第一人者ギャザコールとアロウェイは、 どの教室にもワーキングメモリの弱い子がおおよそ1割程度いて、 その弱さが「不注意」「聞いていない」「やる気がない」と誤解されやすいことを繰り返し指摘しています。 さらにアロウェイらの追跡研究では、5歳時点のワーキングメモリが、その後の読み書き・算数の学力を IQよりも強く予測しました。つまりこの部屋は、学力のしんどさの本丸に近い。 そして肝心なのは、ワーキングメモリは鍛えて増やすより、負荷を減らして外に預ける方が確実だという点です。

担任に打てる手

⑴ 記憶を外に預ける。手順表を机上に置く、指示を黒板に残す、例題を消さずに残しておく。 「覚えておきなさい」を「見れば分かる状態にしておく」に置き換える。視覚支援と課題分析(手順の分解)は、 米国NCAEPの2020年報告でエビデンスの確立した実践(established EBP)に分類されています。
⑵ 完成見本(ワークドイグザンプル)を先に見せる。認知負荷理論の中でも再現性の高い知見で、 白紙から考えさせるより、解き切った見本を見てから類題に向かう方が、作業机の小さい子は学べます。 「れい(完成見本)→もんだい」の順に並べる教材の型は、ここから来ています。
⑶ 途中経過を書く場所を用意する。くり上がりのメモ欄、考えの下書き欄。 頭の中に置いておけない物を、紙の上に置ける設計にする。

▸ 支援カード「じゅんばん」「まず 1こ」を見る

3output ── 分かっているのに、出せない

口で言う・言葉に書く・絵にする

教室でどう見えるか

「書き方が、わからん」。この一言は、outputの部屋の詰まりをよく表しています。 頭の中に答えらしきものはある。でも、どの言葉から始めて、どの順に並べればいいのかが分からない。 結果、解答欄は空白になる。ここでいちばん避けたいのは、空白を「理解ゼロ」と読んでしまうことです。 inputと保持を通り抜けた情報が、最後の出口で詰まっただけかもしれない。 口で言わせれば言える子、絵に描かせれば描ける子は、教室に確実にいます。

何が起きているのか

書くという行為は、内容を思い出しながら、文を組み立て、文字を正しく書く── いくつもの処理を同時にこなす、頭への負担がもっとも大きい出力です。作業机の小さい子には、二重三重にのしかかる。 作文の研究では、グレアムとハリスのSRSD(自己調整方略発達)── 書き方の型をはっきり教え、自分で手順を唱えながら書けるようにする枠組み──が、 書くことに困難のある子への指導として最も効果の確かめられた方法の一つとされています。 算数の文章題でも同じで、問題を少数の型に当てはめて考えるスキーマ型指導(Jitendra、Fuchs ら)が、 LD・算数困難のある子の正答を確実に増やすことが示されています。共通するのは、「型」を外から渡すことです。

研究の根拠:「型を渡す」は、思考を縛ることではありません。 SRSDもスキーマ型指導も、型はやがて本人の中に取り込まれて外せる足場(スキャフォールディング)として設計されています。 効果の条件はここでも「教師がモデルを見せる→一緒に→独りで」の段階的な移行です。

担任に打てる手

⑴ 書き出しの型を渡す。「わたしは〜だと思います。なぜなら〜からです。」 「①式 ②言葉で説明 ③たしかめ」。型は掲示ではなく、声に出して唱えられる短さにするのがこつです。
⑵ 出口を複数用意する。口で言う・言葉に書く・絵や図にする。 まず口で言わせて、それをそのまま書かせる「言ってから書く」は、いちばん手軽で、よく効く書字支援です。 学びのユニバーサルデザイン(UDL)が「表現の方法を複数保障する」ことを原則に置くのは、この部屋のためです。
⑶ 解答欄そのものを設計する。「答え方の指示を設問に書く」「欄の大きさで期待する分量を伝える」。 空白の欄は、子どもへの問いであると同時に、教材の側の設計の問題でもあります。

▸ 支援カード「どの計算?」「文しょうだい 4ステップ」を見る

4コミュニケーション ── やりとりの中で、すり減る

関わり・相手の表情を想像する

教室でどう見えるか

ペア学習で話し合いが始まった瞬間、止まる子がいます。休み時間、遊びの輪に「入れて」が言えない子がいます。 相手の表情から気持ちを読むこと、話の順番を待つこと、断られたときに立て直すこと── この部屋のしんどさは、学習の3つの部屋とちがって失敗が人間関係の傷として積み重なっていくのが怖いところです。 そして今の授業は、対話的な学びを前提に組まれています。やりとりが苦手なことは、そのまま学習参加のしんどさになる。

何が起きているのか

ソーシャルスキルは、性格ではなくスキル(=教えられるもの)だというのが研究の一致点です。 NCAEPの報告では、ソーシャルスキルトレーニング(SST)、望ましい行動を短い筋書きで事前に共有するソーシャルナラティブ、 仲間を支援の担い手にするピア媒介の指導が、いずれもエビデンスの確立した実践に挙げられています。 ソーシャルストーリーのメタ分析(Qi ら、2018)では、特に不適切な行動を減らす効果が確認されていますが、 単体では不十分で、ロールプレイや強化(できたら認める)と組み合わせたときに効くことも分かっています。

担任に打てる手

⑴ 入り方の台本を渡して、1回練習してから本番へ。「近づく→『いっしょにいい?』→返事を聞く」。 休み時間の前に教室で30秒のロールプレイをする。台本なしの本番だけを重ねさせない。 そして、できていたらその日のうちに一言、認める。行動から強化まで回して、はじめて1セットです。
⑵ 話し合いの共通ルールを学級全体に敷く。「話を最後まで聞く」「アイデアをすぐに否定しない」。 その子のための支援を、全員のルールとして導入すれば、誰も特別扱いにならない。
⑶ 「相手の表情を想像する」を言葉にして返す。「いま○○さん、どんな顔してた?」と事実から入る。 読み取りを責めるのではなく、読み取る練習の機会に変える。

▸ 支援カード「なかまに 入る」「聞いて ひとこと」を見る

54つの部屋を貫く、3つの原則

支援を「配って終わり」にしないために

原則1:道具は、手続きの中でしか効かない

支援カードも手順表も、配るだけ・貼るだけでは効きません。 効果が確認された研究はどれも、①教師がモデルを見せ、②本人が使う場面を設計し、③できたら認める、 という手続きの中で道具を使っています。これは応用行動分析(ABA)でいう強化の原理そのもの── 行動は、その直後に何が起きたかで増えたり減ったりする。 とくに自己記録(できたら自分で○を付ける)と称賛の組み合わせは、 ADHD傾向のある子の課題従事をめぐる複数のメタ分析で、最も安定して効果が確認されている介入の一つです。 道具を増やすより、1つの道具をこの手続きに載せる方が、確実に前へ進みます。

原則2:その子だけ、特別にしない

支援がその子への「印」になった瞬間、子どもは支援を拒みます。 だから、支援は学級全体の選択肢として置く。 ヒントカードは全員が取れる場所に置く。書き出しの型は全員の掲示にする。 そのうえで「どの支援を使うかは、自分で選んでいい」ことにする。 自分で選んだ支援は、与えられた支援より使われます。到達目標は全員同じ、変えるのは支援の量── この考え方なら、支援を使うことは「劣っていること」ではなく「自分に合う道具を知っていること」になります。

原則3:最後に守るのは、点数ではなく自尊感情

4つの部屋の詰まりは、放っておくと二次的な問題へ広がっていきます。 「どうせ自分はできない」というあきらめ、教室が怖くなること、荒れること。 逆に言えば、担任の仕事の核心は、しんどさの正体が見えないまま「努力不足」という誤診を重ねないことです。 「あなたはさぼっていない。詰まっている場所があるだけだ。一緒に探そう」── この一言が言える担任がいる教室は、それだけで安心できる場所になります。

支援を使うことは、劣っていることではなく、自分に合う道具を知っていること。── 学級に敷きたい文化

6見立てを、もう一段深くする

ABC分析と、「できない/やらない」の見分け

4つの部屋で「どこで詰まっているか」の見当がついたら、次はその見立てを確かめる番です。 ここでは応用行動分析(ABA)から、担任がそのまま使える道具を2つだけ。

道具1:ABC分析 ── 前後を見る

「手が止まる」を、行動(B)として真ん中に置き、 直前のきっかけ(A)と、直後の結果(C)を観察します。 Aは何か──記述式の設問か、板書を写す場面か、話し合いの開始か。 Cは何か──時間切れでその問題が免除される、先生が来て代わりに読んでくれる、隣の子が答えを教えてくれる。 もしCが本人にとって「課題から逃れられる」結果として働いているなら、 手が止まるという行動は、止まるたびに強められている可能性があります。 打つ手は両側にあります。Aを変える(型を渡す・量を分ける・最初の1問を一緒に始める)と、 Cを組み替える(1行でも書けたことを認める・止まっても課題が消えない段取りにする)。 どちらか片方では、たいてい戻ります。

道具2:「できない」と「やらない」を見分ける

同じ空白の解答欄でも、スキルがない(できない)のか、条件がそろえば出せる(やらない・出せない)のかで、 支援はまったく別物になります。見分け方は単純で、条件を変えて試すこと。 1対1で、口頭で、時間を気にせず聞いてみて答えられるなら、スキルはある── 詰まっているのは遂行の条件(紙面・時間・書字負荷・周りの目)なので、環境と結果の側を調整します。 1対1でも出てこないなら、スキルそのものの指導から始めます。 後述のテスト後チェックリストに「空白だった問題を口頭で聞く」を入れているのは、この見分けのためです。

ABAの作法をひとつだけ:機能の見立ては、あくまで仮説です。 「逃避だろう」と決めつけず、1〜2週間、簡単に記録を取って確かめる(いつ・どの課題で・止まったか/どう対応したら・どうなったか)。 記録はそのまま、コーディネーターや保護者と話すときのいちばん強い資料になります。

7テストの日に、できること

明日から使えるチェックリスト

最後に、冒頭のテスト場面に戻ります。「どこを見たらいいか分からない」「書き方がわからない」への打ち手を、 事前・当日・事後に分けて置いておきます。全部やる必要はありません。1つ選んで、来週のテストで試す。それで十分です。

テスト前(見る技術と型を渡す)

テスト中(詰まりを外から減らす)

テスト後(空白を誤診しない)

8おわりに ── 担任ひとりで、抱えない

4つの部屋は、連携のための共通言語にもなる

ここまで書いてきたことは、すべて「担任が教室でできること」です。 でも、それは「担任がひとりで背負うこと」とは違います。 4つの部屋の見立てとABC分析の記録は、特別支援コーディネーターや通級の先生、保護者と話すときの共通言語になります。 「本人はまじめなんですが……」より、「口頭指示の保持で詰まっていて、視覚化すると通ります」の方が、 支援が動き出すまでが何倍も速い。教室の観察メモが、そのまま連携の資料になります。

そして最後に。この読み物は、しんどさを抱えた子のために書きましたが、 4つの部屋への支援は、実は学級の全員を楽にします。指示が短くなり、見本があり、型があり、 話し合いが安心してできる教室は、詰まっていない子にとっても学びやすい。 いちばんしんどい子に合わせて設計した授業は、誰にとってもいい授業になる。 ユニバーサルデザインという言葉の、いちばん実務的な意味はこれだと思っています。

この読み物とセットで使えるもの

この読み物は、通常学級の担任としての実践と、下記の研究を土台に書いています。 個々の子どもの診断・評価に代わるものではありません。心配があるときは、校内の特別支援教育コーディネーター・ スクールカウンセラー・専門機関につないでください。

参考にした主な研究・資料