飯塚のまちは、むかしから何度も水害にあってきました。でも、ただ「こわい」でおわらせないために、この資料集があります。地形を見て、数字を読んで、まちを守る人たちのはたらきを知る。そうすると「じゃあ、わたしたちは何をそなえればいい?」がじぶんで考えられるようになります。
飯塚のまん中を流れる遠賀川は、全長61.7km。福岡県では筑後川につぐ2番目に大きな川です。そこに、三郡山のほうから流れてくる穂波川が、ちょうど飯塚のまちで合流します。
しかも飯塚は、まわりを900〜1200mの山にかこまれた盆地のまち。遠賀川は流れがとてもゆるやかで、大雨がふると水がなかなか抜けません。
国土交通省の遠賀川河川事務所は、遠賀川の水害の記録をずっと残しています。飯塚(日の出橋観測所)のまわりのおもな記録を、表にしました。
| いつ | 川の水位 | おもな被害 |
|---|---|---|
| 昭和28年(1953)6月 | — | 亡くなった人20人・けが211人・浸水した家 38,791戸(戦後最大級) |
| 昭和55年(1980)8月 | — | 亡くなった人4人・床上331戸・床下1,916戸 |
| 平成11年(1999)6月 | 6.72m | 床上232戸・床下930戸・田畑の冠水752ha |
| 平成13年(2001)6月 | 7.84m | 床上87戸・床下151戸 |
| 平成15年(2003)7月19日 | 8.07m | 床上2,902戸・床下1,664戸・全壊7戸・半壊9戸・けが2人 |
| 平成21年(2009)7月 | 8.05m | 床上706戸・床下1,565戸 |
| 平成22年(2010)7月 | 8.08m | 床上104戸・床下358戸 |
| 平成24年(2012)7月 | 8.17m(これまでの最高) | 床上121戸・床下857戸 |
出典:国土交通省 遠賀川河川事務所「遠賀川のあゆみ おもな洪水」(日の出橋観測点の記録・令和8年8月確認)。「床上」=家のゆかの上まで水が来たこと、「床下」=ゆかの下まで来たこと。
この表には、亡くなった人の数ものっています。こわいなと感じたら、むりに読み進めず、先生やおうちの人と話しながら見てください。わたしたちがこの数字を学ぶのは、こわがるためではなく、同じことをくり返さないためのそなえを考えるためです。
2003年7月19日の明け方、飯塚に猛烈な雨がふりました。遠賀川と穂波川の水位が上がり、飯塚のまちの中心部や商店街が広く水につかりました。
出典:国土交通省 遠賀川河川事務所「遠賀川のあゆみ」/飯塚・穂波地区の出水記録(令和8年8月確認)
2003年の水害のあと、国は「飯塚・穂波地区床上浸水対策特別緊急事業」という大きな工事を始めました(平成16年〜平成21年)。ねらいはひとつ。7.19とおなじ規模の洪水が来ても、水が川からあふれずに流れきるように、川の「うつわ」を広げることです。
02の表をもう一度見てみよう。工事のあとの平成21年・22年・24年にも、浸水は起きています。川の工事で被害はへらせても、雨はいつでも工事の想定をこえてくるかもしれない。だから「まちのそなえ(工事)」と「一人ひとりのそなえ(次のセクション)」の両方が必要なんです。
いまの飯塚市には、水害にそなえるしくみがいくつもあります。ぜんぶ、だれでも見られます。
大雨のとき、どこがどれくらい水につかるおそれがあるかを色でしめした地図。飯塚市のサイトで全体図と地区ごとの詳しい地図(18枚)が見られる。
遠賀川や穂波川のいまのようすを、市の防災サイトからいつでも見られる。大雨の日に川を見に行くのはぜったいにだめ。カメラで見る。
「大雨のとき、わが家はいつ・だれと・どこへにげるか」を前もって決めておく計画表。市のサイトに作り方がある。
にげる場所は市が決めて公開している。福岡県の防災ホームページで、自分の校区の避難所をさがせる。
この資料集の数字は、ぜんぶ下のページで確認できます(令和8年8月確認)。しらべ学習のときは、「いつ・どこの・だれが出した数字か」をいっしょにメモしよう。
本資料集の数値は、国土交通省 遠賀川河川事務所・飯塚市・福岡県の公開資料から引用し、URLの実在とあわせて令和8年8月に確認したものです。平成30年7月豪雨・令和5年7月豪雨については、飯塚市単独の浸水戸数を裏づける一次資料を確認できなかったため、本文には掲載していません。図版はすべて公開資料をもとにした自作です。社会科「自然災害からくらしを守る」、総合的な学習の時間の防災学習、およびマイ・タイムライン作りの家庭学習にご利用ください。